「顧客に信頼される」が最優先、徹底的な顧客志向で成功する中国「平安保険」の戦略【前編】

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金融機関において、ITサービスの普及に伴い顧客の来店率はますます減少し、顧客接点の創出が課題になるなか、自社サイトへの来訪率、メルマガの開封率は低く、多くの企業がデジタルにおけるコミュニケーションに苦戦をしています。一方で顧客は、金融商材を判断する基準がスペックしかなく、価格競争が激化しているのが現状です。

 そんな中、中国で顧客から絶大な支持を得る金融企業、「平安保険グループ」が世界的に注目を集めています。20171月から1年で時価総額を倍にし、中国においてはアリババ、騰訊控股(テンセント)に次いで私企業の時価総額ランキングで3位に浮上。世界の有力企業をランキングにした「Fortune Global 500」においても、2018年には29位と1年で30ランクも上昇した同企業。彼らの躍進の背景には「徹底的な顧客志向の経営」のもと、約2億人が日常的に利用するアプリ「グッドドクター」をはじめとする生活に役立つデジタルサービスで、顧客との強固な信頼関係を築き、金融サービスへ導く事業モデルにありました。彼らの凄さは、多くのユーザーを囲う優れたサービスの展開だけではなく、データを活用したCRMで顧客から絶大な支持を得ている事。驚くことに、顧客からは「平安保険の社員からの電話は必ず出るようにしている」「平安保険が私の生活を支えてくれている」といった声があがるといいます。

本記事では、書籍『平安保険グループの衝撃』の翻訳を担当した、エクスペリエンスデザインカンパニーの株式会社ビービット、エグゼクティブマネージャ/エバンジェリストの宮坂 祐氏、同社東アジア営業責任者の藤井 保文氏に、平安保険グループの成功要因はどこにあるのか、また日本の金融企業が顧客志向の経営を実現する上でどのように取り組むべきか、というお話を伺いました。

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 プロフィール

左:宮坂 祐
株式会社ビービット エグゼクティブマネージャ/エバンジェリスト
2002年にビービット入社。コンサルタントとしてメディア、金融、通信、電機メーカー等のウェブ戦略立案・成果向上プロジェクトを数多く実施。近年はビービットのエバンジェリストとしてCX/UXをテーマに多くのマーケティングイベントに登壇。2016年に金融財政事情研究会より「顧客を観よ~金融デジタルマーケティングの新標準」を刊行。グロービス講師。
右:藤井 保文
株式会社ビービットビービット東アジア責任者
2011年、ビービットにコンサルタントとして入社し、金融、教育、ECなどさまざまな企業のサイト・UX改善を支援。14年に台北支社、17年から上海支社に勤務し、現在は現地の日系クライアントに対し、モノ指向企業からエクスペリエンス指向企業への変革を支援する、エクスペリエンスデザインコンサルティングを行っている。18年8月に中国現地で平安保険グループが出版した本の翻訳本となる『平安保険グループの衝撃―顧客志向NPS経営のベストプラクティス』を監修・出版。2018年9月より、NewsPicks中国ビジネスのプロピッカーを担当

 

中国で絶大な信頼を得る金融機関「平安保険」の戦略

―まず初めに、平安保険グループの取り組みについて教えてください。

藤井氏 :今、中国ではモバイルペイメントの普及も相まって、オフラインがもはや存在しないほどデジタルが浸透しています。多くの企業が生活者との接点をデジタルにシフトさせていく中、保険会社の顧客接点は契約時と事故や病気など有事の平均2回のみ。また他社との競合性においても商品軸での差別化が難しく、商品起点ではなく違う領域で勝負する必要性を平安保険グループは早期に見出していました。そこで彼らがとった戦略は、生活者に浸透したデジタル領域において、金融商品に隣接する生活サービスで顧客接点を持つこと。「モノ(保険)を売って売り上げを立てる」のではなく、「長期でコト(顧客体験)を提供し、平安保険を好きでいつづけてもらうこと」を重視する経営戦略へと、比較的早い段階で舵を切りました。

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中でも成功しているのが、医療・健康支援アプリの「グッドドクター(中国語では平安好医生)」です。背景として、一昔前の中国は医療事情が日本ほど優れておらず、街の開業医の質にばらつきがありました。優良な町医者はいるものの、情報が整備されていないため、国民は確かな医療を求めて総合病院に集中する。医師に見てもらうまでに「整理券で数日待ち」なんてことはよくある話で、中には整理券のダフ屋まで出るといったニュースもあったほどでした。

そこで平安保険は、品質が保証された医師のネットワークと提携し、提携医師に症状を相談できる無料問診機能や、病院からさらに踏み込んで、医師単位で予約する機能を設けたアプリ「グッドドクター」を制作。平安の営業マンは保険を押し売りせずに、この便利な無料アプリを顧客にオススメしてダウンロードしてもらい、使い方を教えて回ります。そのあと営業は、コールセンターと連携し、顧客の問診内容や病院予約の情報など、アプリ上の顧客の活動に応じて最適なタイミングと内容で顧客に再度アプローチしています。

宮坂氏 :

例えば、子供が病気にかかり無料問診をうけた顧客が、実際に病院を予約したとします。その情報はすぐさまコールセンターから担当営業に伝えられ、営業は「今、病院を予約されたようですが、お子様の具合はいかがですか?お客様の入られている保険のオプションを使うと、入院費と通院費もカバーの対象になります。必要であれば、病院に付き添い手続きをサポートさせてください」と連絡するんです。顧客は、今自分に必要な情報が提案されるため、平安保険の営業を信頼するようになり、パートナー関係が構築される。このように、平安保険は顧客体験の向上にデータを活用することで、CRMを最適化し保険の成約率やLTVの向上に成功しています。

平安保険グループは「グッドドクター」以外にも、自動車情報を扱うWebメディア、自家用車の管理アプリ、決済アプリ、不動産アプリなどを展開していますが、全てのサービスにおける顧客との接触履歴は同一IDで一元管理されています。この巨大なプラットフォームから、顧客の行動履歴や趣味嗜好を分析することでニーズを深く理解でき、より専門的で顧客に寄り添ったサービスの提供が可能になるほか、顧客のニーズに応じて他事業にも顧客を送客しています。

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平安保険グループの成功は、トップダウンの意思決定と推進する仕組みの設計にあり

 

―日本の保険会社も危機感こそ持っていますが、ここまでダイナミックな戦略は取れていないと感じます。平安保険が組織として「顧客志向の経営」を徹底できたのは、なぜでしょうか?

 

藤井氏 :

平安保険グループの成功の背景には、トップダウンでの意思決定と推進する仕組みづくりができていたこと、また国家施策としてデジタル化が強く後押しされていたことの2つが挙げられます。まずトップの意思決定ですが、そこにはプラットフォーマーの脅威もあったのだと思います。中国においては、アリババやテンセントが顧客をIDで囲い、多くの企業が彼らのプラットフォーム上でのビジネス展開を強いられる中、このまま保険を売るだけでいいのかと。顧客に信頼され、好きになってもらわないと差別化ができないと考えた平安保険は、従来型の短期利益志向(モノ志向)ではなく、顧客ロイヤリティ志向(コト志向)を重視し、創業当初から掲げていた「顧客志向の経営」を改めて徹底しました。

 

宮坂氏 :

しかしながら、経営指針を掲げるだけではその実現は難しく、平安保険グループは2014年に大規模な組織改革を行います。図の左が改革前の組織図ですが、サービスの体験を向上させるUXUser Experience)専門チームは、組織図の下部にある主要事業共通のプラットフォーム内に置かれていました。UXチームは「保険」「銀行」「投資」の主要事業に対しUX改善案を出すわけですが、「その考えは正しいかもしれないが、短期利益を出すことに協力してくれ。まずは今年の売り上げだ」と言われる。事業推進部隊においては依然として短期利益志向のままで、中長期計画は無視される現状があり、経営陣のジレンマであり、コアイシューとなっていました。

そこで体制変更では、各子会社のトップにUX型の人材を配置。各社にUXチームが派遣されるのではなく、事業推進している人がUXの人である状態をつくり、UX改善サイクルを回りやすくしたわけです。さらに組織のトップには、CEO含む役員による顧客体験価値に取り組む組織、CX(Customer Experience)委員会を設置。平安保険ブランドを顧客体験価値の高さに定義し、全事業においてCXを最も重要視している姿勢を示しているんですね。これにより、「とにかく売り上げだ!」というある種搾取的な考え方から、お客さんに好きになってもらい、長くいてもらう経済圏をどう作るか。顧客志向の経営を確実に推進する組織を固めました。

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宮坂氏 :

平安保険の仕組みづくりは組織構造の改革だけでなく、データ共有では、各事業担当者が顧客ごとの接触履歴を把握できるLCCHシステム(Life customer contact History)を設置しています。LCCHLife customer contact Historyの略で、DMPのようなもの。現場の裁量で属人的に保険営業がなされることを良しとせず、オンライン上の接点を全て理解して解析することで、顧客の状況を正しく把握してレバレッジの効く接点改善が行えるような業務システムを導入したわけです。

また、顧客ロイヤルティを把握するNPS(ネットプロモータースコア)指標も導入しています。NPSも結果だけではただの数字でしかなく、それをどう活用するかが難しい。そこで平安保険は現場の裁量ではなく、ある程度システマティックにNPSが取得され、それによる改善が図りやすい業務システムを各サービスごとに組み上げています。

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藤井氏 :

例えば、顧客一人に対する使用アプリの数とNPSスコアに相関性があることから、営業が追っているKPIのひとつに、顧客の使用アプリAからBへの送客率があります。彼らはLCCHシステムを使い、顧客の興味関心や生活状態を把握し、顧客に必要な無料アプリの使用を勧める。顧客から見れば、平安保険の営業は保険を押し売りするのではなく、生活を便利にする情報をくれる人となり、顧客との間にパートナー関係ができる。親しくなれば保険を勧めやすいというわけです。そもそも、保険商品の違いを明確に理解している人は多くない。であれば、商品をダイレクトに勧めるのではなく、顧客から信頼されるほうが売りにつながると考えているわけですね。

宮坂氏 :

営業マンに売り以外の指標が設計されているというのがすごく重要で。この構造はモノゴトを変えるときに重要なポイントだと思っています。気合やトップの掛け声だけで何かを変えることは難しくて。現場においてどう推進するか、その仕組みの設計が大事ですね。実はこの短期利益志向は、日本企業に似ている部分があります。往々にして国内の金融企業は、単年、単一部署でPLを見ていて、必然的に新しいことにはチャレンジしにくい。トップがどんなに宣言しても、従来の仕組みのまま回していては、人間の動きはそう変わらない。何万人という営業マンの動きを変えるには、掛け声だけじゃなく、渡す道具を変えるとか、評価されるポイントを変えるとか、おのずと変わる仕組みづくりが必要です。

(後編に続く)

後編では、日本企業で平安保険のような顧客志向経営をするためにはどうすべきか、その答えとしてビービットのお二人は「顧客体験をあげるUXグロースハックの成功が近道」と語りました。データを顧客の役に立つことに使い、既存サービスのUXグロースハックで成功体験を積み、大きなイノベーションにつなげる。日本企業ならではのアプローチについて解説いただきました。

▶【後編】顧客志向経営への近道は、顧客体験をあげるUXグロースハックにあり